雨が続きます。
自分のモチベーションも自分で調節できたら苦労しないのに、とか。
そんなことを考えて土曜日は過ぎていきました。
気を使って、相手の顔色を伺って、傷つけないようにとか、相手の意見を尊重してとか、
上っ面だけの人間関係を演じることに満足しちゃってるんじゃないでしょうか。
結局は他人と他人。
考え方だって、物事の捉え方だって、言葉が持つ意味も、ニュアンスも、微妙に違ってあたりまえ。
「違う」からこそ、自分の持つ考えを相手に理解してもらうために、言葉や表現を駆使して、伝えるわけです。
考えそのものが違うのは悪いことじゃない。
自分は自分、他人は他人。
その違いはなんなんだろうと。
比較して、ある物事に対してどちらがどのように影響してくるのか、考えの違いが作用する結果を想像しながら、行動に移していく。
もちろん、そこまで緻密に計算して動いてる人も少ないとは思いますが、無意識にそういう作業を行なってるんじゃないかなと。
自分は、自分の思うことは、割とストレートに言うほうですが、その根拠となる部分は自分の「経験」なので、当然他人にしてみればその経験はまったく別のもので、根拠にも何にもならないわけです。
「なんでそうなるんですか」と思う部分も、自分にとってはごく自然なことでも、他人からすれば「人の気も知らないで!」と思ってしまうことも多々あるんだと思います。
ある悩みに対しても、慰めてほしいだけなのか、自分の考えを肯定してほしいだけなのか、答を導いてほしいのか、その状況によって自分の示せるアドバイスは変わってきます。
基本的には、自分は言いっぱなし。
その考えを聞いて、やるかやらないかは、その人次第ですから。
頑張るのは、俺じゃない。
無責任かもしれないけど、そこまで大勢の生き方、行動、結果、全てに責任なんて持てやしないから。
まぁ、悩みなんてのは人に相談した時点である程度自分の中で答えは決まっているようなものなので、別に聞いてるだけで十分だと思うんですけどね。
その人の大事な決断の時に、自分の一言がその判断材料の1つになってくれれば、それでいいんじゃないかなと思ってます。
まず、聞く。考える。
遠慮せずに、対等に意見を交わせるって、簡単そうで実は難しい。だけど、とても大事なことなんじゃないかなって。
考え方が違うのが当たり前なんだと思えば、ぶつかって当然でしょう。
それに怖がってばかりじゃ、きっと前には進めないと思うので。
どうせ倒れるなら、前のめりで倒れましょうよ。
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- 2009/05/31(日) 14:02:04|
- たっけの日記|
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